
1922(大正11)年、当社はタカタモーター製作株式会社として設立されて以来、多くの困難と栄光を経験し、その時代、その場面において幾多の人物に支えられて、今日に至った。2006(平成18)年6月に社長に就任した金子満は現在の当社の環境について「すべてが国という民族の形成単位を超えた国際化の渦の中にいる」と述べている。
この背景の一つには、2008(平成20)年に導入が予定されている日本版SOX法がある。同法では企業の内部監査制度、内部統制の強化を求めており、一層のIT化が必要となる。また、国際競争力をさらに強化するためには製造コストの削減はますます激しくなり、製造資源調達の国際化もこれに比例して拡大していく。
また、2006(平成18)年3月には全社最適システム(SAP社のERP)の導入を決定した。これは受注、製造、出荷、販売を一元管理し、社内情報を翌月5日までにはすべて把握することで、全社最適を目標とするシステムであり、社内に定着しつつある。
今求められるのは、このような時代に耐えうる企業体質の強化であり、金子は社長就任時に「スピード」、「チャレンジ」、「ヒューマン」というキーワードを掲げている。
「スピード」とは時代の変化に対応できる行動力を身につけ、常に変化の半歩先を行く先見性を意味する。「チャレンジ」とは長い伝統に支えられた当社にあって、従来の思考の殻を破って自ら高い目標を掲げ、これに挑戦していく行動力を意味する。そして「ヒューマン」とは人材力。企業の基本はいつの時代にあっても“ヒト”であり、人材育成にこれまで以上に力を注いでいく方針を打ち出している。
国際競争に挑む工場統一
世界に視野を向けた国際競争力をもつ製品の供給、また全世界からの材料、資源の調達による製造原価の低減は企業拡大にとって避けては通れない時代を迎え2004(平成16)年6月の定期労使協議会の中で、トーハツマリーン株式会社の駒ヶ根移転にあわせ、東京工場を駒ヶ根地区に移転させる計画が発表された。
協議による解決を基本として労働組合と真摯な協議が1年以上も続き、2005(平成17)年9月にはトーハツ労働組合と、また2006(平成18)年6月にはJMIU志村との協定が締結され、移転の動きが加速された。
2006(平成18)年1月には第1次移転として東京工場の消防ポンプ組立、運転検査部門が駒ヶ根工場に移転したのに続き、第2次移転として2007(平成19)年8月に、間接部門並びに機械加工の部門が駒ヶ根工場への移転が終了した。
東京工場は、1937(昭和12)年大崎から当地小豆沢に移転、生産を開始し、1978(昭和53)年の建物の全面改築を経て操業70年という板橋区小豆沢での歴史に幕を降ろすこととなった。
2007(平成19)年8月に開催された東京工場閉所式では、社長 金子満の挨拶の中でも会社設立75周年、東京工場の小豆沢の歴史が70年という事実も何かのめぐり合わせということが語られた。
未来への飛躍
企業は未来永劫に発展をし続けるものではなくてはならない。会社設立75周年の歴史の中で、会社更生法の適用という史実を冷静に受け止め、当時の取引先各位また関係各位に対しての謝意を改めて表明するとともに、75周年という長きにわたる歴史をそれぞれの時代で支えてこられた先輩諸氏の功績に対し敬意を表するものである。
国際競争の中で勝ち抜き、大きく飛躍し会社設立80周年、100周年の社史が発行される時に向けてトーハツのあらたな挑戦が今日から始まる。


