激化する労働組合活動
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冷凍機器 |
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岡谷工場は船外機や冷凍機器を主に製造していたため、会社として事業を継続することはどうしても必要なことであった。しかし、モーターサイクルを中心とした志村、前野、坂下の各工場は、ほんの一部のポンプ部門を残して生産中止、工場閉鎖となり、これまで平穏であった労働組合活動は一気に激化した。
そこで組合との間で解雇撤回などを内容とする協定を結び、ようやく、裁判所から更正法手続き開始の決定を受けることとなった。
1968(昭和43)年1月に近代的労使関係の形成を目的にした新しい組合・東京発動機東京工場労働組合を結成した。この新労によりそれまで岡谷工場で生産していたポンプを東京工場で生産開始し、中止していたエンジンの生産も始まった。
この年の11月25日、東京都労働委員会による斡旋により組合と会社は和解し更正計画が滑り出した。










