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飛躍期1985~ 平成のモノづくり企業として

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グローバル市場を見据えて グローバル市場を見据えて

合弁会社「トーハツマリーン」設立

初代会長 松本功初代会長 松本功

1988(昭和63)年2月、当社は米・ブランズウィック社との合弁会社「トーハツマリーン」を設立した。初代社長には、松本功が就任した。

船外機は米国が最大の市場であり、当社はそれまで日商岩井、伊藤忠を通じて米国各地に販売店網を構築していた。ブランズウィック社は船外機の大手・マーキュリーマリーンの親会社で、船外機について技術・生産力を高めていた日本企業からの製品調達を求めていた。

米国でも船外機メーカーの競争が激しく、その争いを生き抜いたマーキュリーマリーンが当社へ高い関心を寄せた。

当初、同社は当社への資本参加を望んできたが、最終的には伊藤忠、三井不動産を加えて合弁会社設立に結論がまとまり、新会社「トーハツマリーン」は長野県岡谷市の当社岡谷工場に置かれた。

この旧岡谷工場は1943(昭和18)年、戦時中にエンジン工場として稼動したため、設備が老朽化していた。新会社発足と同時に工場新築に着手、1988(昭和63)年11月に第1期工事が竣工し、小型船外機から120馬力以上の製品を対象にした本格的な組み立てラインを導入した。

日産自動車へ船外機をOEM供給

当社の船外機に着目したのはブランズウィック社にとどまらず、日産自動車も国内を含むワールドワイドに販売網を展開したいとして、当社に提携を申し入れてきた。

日米の有力企業を通じた販路の拡大により、当社のマリン関連事業は特に海外で確固たる地位を築いていったのである。

MERCURY Outboards NISSAN MARINE

生産・販売手法の改革

製造関係では、「ニュー・トーハツ生産方式」として導入。資材のコストダウンには日本能率協会の手法を導入し、営業では訪問管理の効率化を図るため、同協会の「SPECS」の導入を決めるなど、新しい経営手法を積極的に取り入れた。

この当時、日本はバブル景気の最中にあったが、本業の深耕、とりわけ海外市場を意識した経営体制の整備を進めていった。

独自製品開発に成果 独自製品開発に成果

小型全自動消防車の開発と低騒音消防ポンプ

消防自動車消防自動車

消防自動車ではマイコン制御で遠隔機能付き、水槽、サーチライト、泡消火装置などを装備した小型全自動消防車を開発した。多数の消火活動データを基に専用プログラムを構築し、マイコン制御により始動ボタンを押すだけで吸水から放水操作まですべてのプロセスを全自動運転する。

現在、当社は消防ポンプの分野で国内40%を超えるトップシェアを握っている。

また、この頃、騒音公害が問題になり始め、市街地における消火訓練でも騒音が問題になるほどになってきた。1990(平成2)年、当社は「低騒音でしかもパワフルな放水性能を」というユーザーの要望に応え、ポンプの基本性能を維持しながら総合的な騒音低減を図った。

フィッシングボートを開発

従来、当社はエンジンメーカーであるため船本体は手がけないという考え方もあったが、船を手がけないと、船から要求されるエンジンの要望に応えることが難しい。そうした考えから当社は1990(平成2)年、テクノ化成工業と資本提携してフィシィング用を中心にボートの製造に乗り出した。

1993(平成5)年、「ジャパニーズフィッシングボートの王道」と言える「TFシリーズ」を発売。現在でも人気を博している。また、プロ向けの「TFWシリーズ」もフィッシングボートとして評価されている。

地球環境保全への改革 地球環境保全への改革

2ストロークか4ストロークか

騒音低減V46A

自動車の開発を見れば分かるように、排気ガス対策はガソリンを使用するエンジンにとって極めて大きな技術的な問題であった。同様に船外機の分野でも排ガス規制に対応する必要がある。

当社は以前より、2ストロークエンジンを使用してきたが、2ストロークエンジンは未燃焼ガスの吹き抜けがあるため排ガス対策には問題があった。ただ、2ストロークは構造が簡単で重量も軽く保守もしやすいというメリットがあるため、未だに人気がある。

在来の2ストローク路線を踏襲するのか、いきなり4ストロークに挑戦するのか――。当社の今後を大きく左右する問題であったが、結果、2ストロークと4ストロークの両方をとる方針を当社は決断したのであった。

4ストローク化への道

猪股 敏猪股 敏

1998年(平成10)年、松本社長に代わり、猪股敏がトーハツ及びトーハツマリーンの社長に就任した。

猪股は経営方針として「社会に貢献する企業を目指す」を掲げ、船外機、消防ポンプの2大製品を柱に企業の発展を図り、株主、ユーザー、取引先、社員など多くの人々への社会貢献を目指した。

VF53AS(4ストローク)VF53AS
(4ストローク)

MFS30B(4ストローク)MFS30B
(4ストローク)

こうした方針にそって、当社は地球環境問題に対応し、1998(平成10)年、4ストロークエンジンを搭載した船外機を開発し、生産・発売した。

「VF53AS」は、2006(平成18)年に発売された日本初のB-3級小型消防ポンプに電子制御燃料噴射装置を採用した4ストロークエンジンを搭載している。従来機種と比べ、排ガスのクリーン化が図られ、環境にやさしいエンジンとして生産・発売された。

TLDI化とオービタル社との技術提携契約締結

MD115A(TLDI)MD115A(TLDI)

一方、当社は2000(平成12)年、TLDI(筒内直接燃料噴射方式)2ストローク船外機を開発・発売し、40馬力以上の機種に搭載した。TLDIは2ストロークの欠点である混合気の吹き抜けを防止し、燃料消費量を4ストロークと同等にすることで排気ガスのクリーン化を図るとともに、排煙を防止する。2ストロークの利点である、軽量、コンパクト、パワフルはそのまま生かされている。

当社は前述のように環境問題をクリアするために、1998(平成10)年エンジンの開発研究を行うオーストラリアのオービタル社と技術提携契約を締結した。同社は、はエンジンの筒内噴射の電子制御方式についての特許を保有しており、TLDIについて技術導入を図ったのであった。

新本社ビルの竣工

新本社ビル新本社ビル

2000(平成12)年4月13日、当社は新本社ビルを竣工し、竣工式を完成した本社ビル内ホールで挙行した。

新社屋は4階建てで1階が東京工場事務所、2階がマリン・防災両営業部事務所、3階が役員室および総務・財務部事務所、4階が約70名収容可能な研修ホールとなっている。

社内体制の整備 社内体制の整備

東京工場・トーハツマリーン、相次いで「ISO9000シリーズ」を取得

Tohatsu America Corporation

消防ポンプの生産を担当する当社東京工場は2001(平成13)年8月、国際標準化機構の品質保証規格「ISO 9002」を取得した。

また、トーハツマリーンも同時期、2001年7月に「ISO9002」を取得した。さらに、2004(平成16)年3月には全社において「ISO 9001」の認定が行われた。

一方、環境管理・監査についての国際標準規格「ISO14001」についても2004(平成16)年7月に取得した。

TAC(トーハツ・アメリカ・コーポレーション)社を設立

Tohatsu America CorporationTohatsu America Corporation

当社は2002(平成14)年5月、米国に販売会社TOHATSU AMERICA CORPORATION を設立し、業務を開始した。

TACは本社を米国、ダラスに置き、主に船外機を発売することを目的としており、米国におけるマリン事業の発展に貢献してきた。

駒ヶ根工場の新設

駒ヶ根工場・トーハツマリーン駒ヶ根工場・トーハツマリーン

2003(平成15)年、トーハツマリーンの船外機の生産台数は115,785台に達した。こうした拡大基調の中、長野県駒ヶ根市に工場用地の買収が実現した。2005(平成17)年1月18日、21世紀の当社の生産拠点となるトーハツマリーンの新工場の竣工式が行われた。

 

これに先立ち、従来の岡谷工場は2004(平成16)年12月18日、61年間の歴史に幕を閉じた。岡谷工場は戦前の1943(昭和18)年、東京・板橋から戦火を逃れ疎開工場として建設されたもので、以降、東京工場と並び当社の生産拠点として極めて重要な役割を果たしてきた。しかし、中心となる設備は昭和30年代から増改築を行ってきており、近年のマリン関連製品の生産増加に対応するには、既に限界を迎えていた。

2006(平成18)年1月、トーハツマリーンの社長に就任し、現在当社の社長を務める金子満によれば、直近の業況は以下のようである。

すなわち、当社の経営方針としてはやはり、船外機とポンプの2大製・商品販売部門の採算の改善と拡大が柱であり、2006年度決算では売上は152億1,498万円と過去最高となった。しかし、利益率は一時より改善したものの未だ合格とはいえず、その最大の理由は、売上の約58%を占める船外機の輸出比率が約95%と高いため、為替と材料費の変動の影響を受けやすいことである。船外機は技術的には、今後も排ガス規制をクリアしつつ、全世界のマーケットで競い合いが続くと考えられており、生産増強とコストダウンを図るため、駒ヶ根新工場の建設はどうしても必要なことであった。

駒ヶ根新工場の建屋は1棟で、ここに素材の供給、加工、塗装、組立、運転、倉庫への搬入、出荷の生産工程をワンライン化し、生産の合理化を図った最新の生産ラインを構築した。

かつて岡谷工場も長野県のモデル工場となったが、新工場は岡谷からの通勤圏内で、熟練の社員もそのまま新工場に従事でき、さらに新しい人材を求めている。

日本各地での生産の空洞化が危惧される中、当社駒ヶ根工場の稼動により、駒ヶ根・伊那地区での求人倍率は2倍に拡大したほどであった。

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